息子が持ち帰った「学校だより」に、私の頭をかち割れてしまうくらい響いたお話がありました。

「命」、「人」、「物」、「時」、「言葉」の5つ。

みなさまは、これからを大切にできておられますでしょうか?私は、「まだまだできていない!!」と頭をかかえてしましました。

今回は、この「学校だより」の内容から考えたことをシェアさせていただきたいと思います。


「命」を大切にするとは…

まずもって、自分の命を大切にすることが大切だと思います。しかし、自分の命といっても、子どもたちにはなかなかぴんとこないのではないかと感じています。

そこで大切となるのは、人を大切にすることです。様々な人との関わりから、人を大切にするとはどういうことなのかということを体験を通じて、感じていくことが大切なのではないかと思います。

大学生のときに、鶏を殺して食べるという実習を経験しました。当時は、ただただ残酷さを目の前で感じ、何ともことばにできない気持ちになりました。しかし、その経験は後に、私の命を守るために、動物から命をいただいているということが鮮明に想像できるようになり、私は「生かされているんだ」という感覚をわずかですが、感じられるようになりました。

日頃の生活では目の前のことをこなすことに意識がいきがちなので、なかなか「命」について意識する機会は少ないですが、こうしてことあるごとに立ち止まると、命の尊さについて改めて考えることができるのも、様々な経験をしたからだと実感しています。

サッカーを通じて、なかなか命の大切さ、尊さを子どもたちに伝える場面は、そうそうありませんが、これから考えていきたいですね。相手を傷つける、怪我させるようなプレーをしてしまうことは、時に相手の命や人生の機会を奪ってしまうかもしれません。

そういう部分には、アンテナを貼り、大人として大切なことを子どもたちに伝えることができるように、日々学び続けたいと思います。


「人」を大切にするとは…

これは、日頃から子どもたちには伝えていることです。

サッカーができる、試合ができるのは、まずもって、相手の存在があるからです。一緒にプレーしてくれるなかま、一緒に試合をしてくれる相手チームのなかま、そして試合を支えてくださる方々、多くの人の存在がそこにはあります。

現場でよくある声として、私が1番嫌いなことばの1つに、「あやまれや〜!」、「あやまっとけ!!」というベンチからの心ない声です。悪気はないのかもしれませんが、私は言いません。

なぜかというと、「あやまる」というのは、自分の「あやまり」に気づき、相手に悪いことをしたという感情がわいてくるから、相手に対して「あやまる」のだと思うからです。

私は高校生の頃、相手選手にわざと足を何度も踏まれ、カッときて相手に仕返しをしたことがあります。それで、相手が倒れて痛がっていたとき、「あやまっとけ!」と聞こえてきました。私は、「相手が先に仕掛けてきたのに、何であやまらないといけないの?」とあきれていました。もし、こんな感情で私があやまったとしても、「あやまったふり」に過ぎません。それに何の意味があるのでしょうか?あやまっておけば済むと勘違いしたまま、生きていくことになりはしないでしょうか?

当時の私も人間として未熟でした。しかし、先に仕掛けてきた方も同じだと思います。

そんな経験から、こんな人間たちに、子どもたちにはなってほしくありません。勝負にこだわっていても、相手を傷つけてまで勝とうとするような心ではなく、たとえ勝負がかかっていようと相手に対する「感謝」や「思いやり」が持てるような人間になってもらうには、どうしたらいいのか?

日々、学び続けるしかないと感じています。サッカーに限らず、他のスポーツでも、こうした学びのチャンスがたくさん現場にはあるのではないでしょうか?


「物」を大切にするとは…

「物」を物としてしか見れないような感性では、何事もうまくいかないのではないかと感じています。

特に、幼児期の子どもたちは純粋なので、すごく強く感じるのですが、物には人の思いや願いがこめられています。昨年度、さくら幼稚園保育園の運動遊びが終了したときに、お手紙とメダルをもらいました。きっといろいろな気持ちがあったのだろうと想像すると、心が熱くなりますし、一緒に楽しい時間を共有できたことを子どもたちが喜んでくれることは、私にとって、すごくうれしかったです。

こういった作り手の思いは、どんなものにもこめられているのではないでしょうか?

普段は何となく扱っている「物」も、そんな作り手の思いに心を馳せてみると、また違った感覚を感じたり、使い方が変わったり、扱いが変わったりするのではないでしょうか?

おうちの人の愛情がこもった弁当、きれいに洗濯してくれた服、働いて稼いでくれたお金で自分のやりたことをやらせてくれること…子どもたちにとって、物に命を吹き込むきっかけは、家族かもしれません。

物を大切にするには、やはり人を大切にする経験や自分が大切にされた経験がないと、なかなか難しいのではないでしょうか?また、物を粗末に扱う人が、人を大切にはできないのではないでしょうか?とても奥深い学びがここにつまっていると感じます。

この物を大切にすることも、サッカーのいろいろな場面で、考えるきっかけをつくれそうですよね?


「時」を大切にするとは…

「時」…時間を大切にすることは、頭ではわかっていましたが、心からそう感じるようになったのは、40歳になってからです。それは、これまで無駄にしてしまった時間が多かったことに、今更ながら気づいたからです。

1番情けなかったと感じていることは、子どもたちに毎回毎回長い話をしていたことです(汗)。1番大切なことは、私の話をたくさん聞くことではなく、子どもたちがたくさん体験の数を増やし、体験から気づきや学びを得て、成長していくことです。私なんかの話を聞いても、成長できないのに…とんでもない、勘違い野郎でした。

子どもたちがこの体験から大切なことに気づくことができるのではないか?大切なことをを学べるのではないか?と感じたタイミングで、伝えるようにシフトしました。伝え過ぎないこと、伝えないことを意識すると、「伝わり」がよりよくなってきたように感じています。

私が子どもたちの大切な時間を奪ってしまわないように気をつけると同時に、子どもたちにも「活動時間は、みんなの時間だから、それを無駄にしないように気をつけよう!」と伝え続けています。

時間は、大人にとっても、子どもたちにとっても、なかなか実感しづらい側面があるように思います。お金であれば、使えば減るし、貯めれば増えます。無駄遣いをすれば、「もったいない」ことに、気づきやすいのではないでしょうか?しかも、減ってしまったお金、無駄にしたお金は取り戻すことができます。

しかし、時間はどんな方法を駆使しても、無駄にした時間を取り返すことはできません。時間を無駄にしたことを悔いて、そこから行動を変えて時間を大切にできたとしても、過去の時間はどうやったって取り返すことはできないのです。

練習は自分たちの時間ということは意識できてきています。しかし、試合はどうでしょうか?自分たちの時間でもあり、相手チームの時間でもあります。フェアプレー精神にもつながってくるところですが、相手の時間を大切にするために、まずは自分たちがフェアに全力を出し切ることに取り組んでいきたいです。

そんな時間を尊さを、活動の中で子どもたちと一緒に感じていきたいです。


「言葉」を大切にするとは…

ことばにはすごい力があります。人を勇気づけたり、イキイキとさせたり、幸せを感じさせたり…人間の感情を動かす大きな力を秘めています。一方では、人を嫌な気持ちにさせたり、人を傷つけたり、時には人を死に追い込んでしまうこともあるくらいの影響力があります。

その人が使うことばに、その人の人間性がすべて現れるといっても過言ではないと思います。

ことば遣いは、テクニックでごまかすことができても、その人のことばから受け取る感覚、感情はごまかし切れないと思います。

私自身、おそらく自分では気づかないところで、カッコつけたことばを使って、自分を大きく見せようとしていることがまだまだあると思います。等身大の自分を、自分が発することばにのせることができるよう、これからも学び続けたいと思います。

先日、とある講演会で、「足下をほれ!」という話を聞かせていただきました。その方は、「どれだけやっても、所詮、それは『やっているつもり』に過ぎない…だから、地道に自分の足元を掘り起こし続けるように、自分を見つめ直すことが大切だよ」ということを話されていました。

この方のことばは、私の心に刺さったというよりも、絶えず私の感情をズシン!ズシン!!と揺らすような重さを感じました。そして、自分自身の内側を振り返り、「これで満足していていいのか?」と問われているように感じました。

私は、この方のようにはなれないと思います。しかし、近づくことはできます。まずは自分のことからです。活動を通じて、子どもたちに対して、私自身が発していることばはどうなのか?考えていきたいと思います。

また、子どもたちが発していることばにもアンテナを張り、少しでもよい方向に導いていけるよう、日々の活動を大切にしていきたいと感じております。

あなたは、これらを大切にできていますか?私はまだまだできていません!!(汗)のまとめ

「命」、「人」、「物」、「時」、「言葉」の5つ。

誰もが大切だとわかっていますが、なかなか深めていけないのはなぜでしょうか?

やはり、人間はわがままで、なまけもので、自分の都合のいいように受け取ってしまうからではないでしょうか?自分1人では、そんな人間の弱い面を変えていくことは難しいかもしれません。しかし、なかまと一緒であれば、集団の力を借りれば、少しずつ変えていくことができるのではないでしょうか?

クラブでは、小学生も中学生もなかまがいいプレーをしたら、「ナイスプレー!」と声をかけることや、なかまが助けてくれたことには「ありがとう」を伝えること、なかまの失敗に対して「ドンマイ!」ではなく、「ナイストライ!」と伝えることに挑戦中です。

少しずつですが、以前よりも楽しんで活動するなかまが増えてきているように感じています。

自分1人ではなかなか自分をコントロールできなくても、集団の力を借りて、なかまと一緒に取り組むことで、少しずつ自分の発することばを変えていくことができてきているようです。

すべては、大人が何を子どもたちに提示できるか?問うことができるか?にかかっています。

「命」、「人」、「物」、「時」、「言葉」の5つの視点で、活動を見直していくことによって、より自分も大切にできるようになるし、なかまも大切にできるようになると感じています。それによって、みんなが幸せに近づくことができるとすごくいいですよね?

そのためには、まずは私自身が変わらなくてはいけません。この度は、この5つの視点でいろいろと振り返る機会をいただきましたが、やはり私自身まだまだ足りません。日々の生活の中で、この5つの視点をより深めていけるよう、行動していきたいです。

「どこまでいっても、『やっているつもり』である」

これを忘れることなく、自分の足元を深く深く掘り下げていき、少しでも人の役に立てるように活動していきます。


最後までの読んでいただき、ありがとうございました。

この記事が、誰かの役に立てますように、誰かに元気をお渡しできたらいいな〜と思います。