私は、本当に幸運な人間だと思います。
話がそれますが、私が幸運だと感じることができるのは、目の前で起こることに対して、「ラッキー」と捉えることができるようになってからです。

そんな私ですが、人との出会いに恵まれ、出会った方から教えてもらったことや感じ取ったことを自分の中で噛み砕いて理解しようと行動しているうちに、少しずつ自分にできることが増えてきました。その中で、自分が得た最も大きかったと感じているのが「まねる」という行動を身につけたことです。

これが大人になってから、こんなに役立つものだとは思っていませんでした。自分の人生を大きく変えたものだったと、この「まねる」ことに出会えたことにとても感謝しています。

今回は、この「まねる」について、みなさまとシェアさせていただきたいと思います。



<「『自分』を成長させるための考え方」シリーズの他の記事へのリンク>

「『自分』を成長させるための考え方①」「〜のせいにしない」



「まね」との出会い

「まねる」力は、人間にもともと備わっているものです。

私の息子たちが赤ちゃんだったころ、「バイバイ」と手を振るとそれをまねしたり、くるまを指差して「ブーブー」というとそれをまねして言ったり…そして、赤ちゃんがまねしてくれたに対して、こちらも満面の笑みで喜ぶ反応をすると、何度も繰り返してくれる…そんな経験をされたことがあるのではないでしょうか?

赤ちゃんはまだ意味はわかっていませんが、素晴らしい「まねる」力をもともと持っているのです。

1〜2歳頃でしょうか?少し大きくなり、脳が少しずつ発達してくると、テレビのリモコンを耳に当てて携帯電話のまねをしたり、丸い輪をもって車のハンドルをもって運転をしているまねをしたりと意味を理解してまねができるようになってきます。

こうして「まねる」力をだんだんと伸ばしていきます。私自身、どこまでまねができていたのか?記憶もありませんし、聞いたこともありません。

私が覚えているのが、社会人の試合を父と観戦に出かけていたことです。小学生の頃に、当時私が所属していたチームの監督さんがある社会人チームでプレーしておられて、監督さんが試合に出場するのをよく応援に出かけていました。これが私にとって人のプレーを観察するというスタートラインにたったときではないかと記憶しています。まだ私もまだ小学生でしたし、父もサッカー経験者ではなかったので、すぐに生かせるような気づきが得られたことはありませんでした。しかし、人のプレーを見て「こんな感じ!」とふわっとしたイメージを自分のプレーに発揮しようとし始めたのが、このきっかけだったと思います。




「まねる」行動の成長

そして、自分の「まねる」という行動が大きく変化したのが、中学生のときにサッカー部の顧問の先生からアドバイスをいただいたときのことです。

当時、なかなか自分のプレーがうまくいかず悩んでいたところ、顧問の先生が「同じポジションの先輩の○○がどうプレーしているかを観察してみたらいいんじゃないか?」とアドバイスをくださいました。それから、先輩のプレーをじっと見て、いいなと感じたことをまねしようと観察し始めました。

私は、今でいうセンターバックを担当していました。当時はスイーパーシステムを採用していたので、私は「スイーパー」でした。相手のFWのマークは担当せずに、こぼれ球を拾ったり、味方をカバーしたりする役です。先輩は、ものすごく予測が早く、相手FWにボールが渡る前にパスカットしてボールを奪ったり、相手FWがボールをおさめて顔を上げるまでに味方のカバーに入って未然に相手の仕掛けを防いだりと相手に隙を与えない守備をされていました。しかし、私にはどうしてそんなことができるのか?なかなか気づくことができませんでした。

そこで、私は自分で録画した1994年W杯のイタリアvsブラジルを何度も何度も観察しました。「カテナチオ」と言われるイタリアの守備がなぜブラジルの攻撃を防ぐことができたのか?その秘密を見つけたら自分も先輩のようにプレーできるのではないかと思いました。

サッカー部の活動では、練習をするだけではなく、先生が録画してきた試合の映像を見て学ぶという活動もありました。その中で、先生がビデオを一時停止して解説してくださったり、コマ送りでゆっくり見せてくださったり、巻き戻して何度も何度も見せてくださったり、と丁寧に伝えてくださいました。

そのミーティングで先生がされた手法を家でも自分でやってみました。なぜこの選手はこのポジションに立っているのかと疑問に思えば、巻き戻して状況を確認したり、ブラジルボールのときに一時停止してこの選手はここにもパスできるし、こっちにもパスできそうと攻撃の選択肢を確認したり、いろいろと自分なりに考えながら映像を見るようになっていきました。

この積み重ねで、人のプレーの細かなところも見ようとするようになり、少しずつ「まねる」コツをつかみ、「まねる」ことができるようになっていきました。



指導者になっても、「まねる」ことで自分を変えてきた

指導者になってからも、この「まねる」行動はとても役立ちました。

指導者になって最初に指導に関わらせていただいたのは、中学校サッカー部の外部コーチでした。そこの顧問の先生は、ものすごい気遣いの方でした。大会を支えてくださっている方への挨拶や感謝を忘れることなくしておられました。その気遣いがすごいと気づき、自分もまねようとしたおかげで、今でも大会を運営してくださっている方、審判をしてくださっている方への感謝を感じられるようになったと思います。

また、ウォーミングアップで相手チームの指導者の方がされている内容や試合の際に声をかけておられる内容にも目や耳を配って、少しでも吸収できるものは自分のものにしようとメモをとっておられる姿を見て、私もそれをまねていました。

こうした人から盗む、人をまねるという習慣が、今の私をつくってくれていますし、支えてくれています。こんな大切なことを私に身につけさせてくださった出会いに感謝しかありません。本当に私は運がよかったと思います。



「まねる」ことから得た心

私は、「自分はこういうやり方だから!!」という気持ちはあまりありません。それよりもいいものは少しでも吸収したり、自分を変えられることは少しでも変えたりしたいと考えて行動しています。その方が少しでもみなさまのお役に立てますし、子どもたちの役に立てると思うからです。

こういう考え方、心を持つことができるようになったのは、「まねる」という積み重ねから得たものだと思います。

しかし、私もなかなか「自分」を変えられない時期もありました。なぜ、「自分」を変えられなかったのか?それは、変なプライドを捨てることができなかったからです。「自分はこういうやり方だから変える必要はない」と自分のやり方にこだわりすぎているとだんだんと他人が言うことを受け止めることができず突っぱねてしまったり、自分を変えるのがおっくうになったりしてきます。それが続くと、だんだんと人のいいところを「まねる」どころか、人のいいところを認めることができなくなり、傲慢になってしまいました。

「まねる」ということは「学ぶ」ということです。この話はよく耳にすることかと思います。なぜ「まねる(学ぶ)」のか?というと、現状に満足していないから、もっと成長したいと思っているからではないでしょうか?もっと成長したいから人に目がいき、人を観察し、人のいいところを吸収しようとするのではないでしょうか?

そういった意味で、私は「まねる」意識がなくなったときは危険だなと自分を整える「ものさし」にしています。


「自分」を成長させるための考え方②のまとめ

「まねる」という実践を通じて、私は自分自身を成長させることができたと感じています。もし、「自分のやり方」だけで何とかしようとしていたら、私の人生は今以上にうまくいかず、もっともがき苦しんでいたと思います。

最近私の心に刺さったことばは、「ゼロベースからやるのは、難しいよ!」ということばです。これは私の師匠がかけてくださったことばです。子どもたちに指導する際に、何もないところから気づかせたり、身につけさせたりするのは難しいということです。

簡単な約束を守ることから気づかせたり、練習に制限をつけてプレーさせる中で気づかせたり、ゼロからスタートさせないという意味です。

「まねる」という行動も、ゼロベースからは難しいと同じ前提だと思うのです。人のいいところを「まねる」ことを通じて、いろいろな発見があり、いろいろな気づきがあり、そして自分の「学び」にたどり着きます。それを繰り返していくことで、子どもであろうが大人であろうが、成長し続けることができるのです。

まさに、「まねる」は「学ぶ」です!!

プエデの活動でも、この「まねる」ことをぜひ子どもたちに伝え、身につけてほしいと願い、実践しています。なかなかうまくいかなくても「まねる」実践を通じて、必ず「メタ認知」能力も高まっていきます。メタ認知というのは、客観的に自分を観ることができるようになることです。自分を客観的に捉えることができるようになると、自分のいいところや悪いところが把握できるようになり、自分を変えることが容易になります。また、集団の中で自分の役割を見つけて行動したり、なかまとの関わりもうまくできるようになります。

「まねる」という力は、自分を成長させるための幹のような存在だと思っています。ぜひ、1人でも多くの方が、「まねる」実践を通じて、幸せな生活がおくれるような、また望む「自分」に成長できるようなきっかけがつかめるといいなと思っています。

この記事が誰かの役に立てますことを願っております。



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「『自分』を成長させるための考え方①」「〜のせいにしない」